アンケート
ご自身が今後活動していく上で、活動する場に求めるものを教えてください。 (設備、アクセス、人員など)
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開かれた(物理的にも意味的にも)、広い(個人のスペースの集合として)、大きなアトリエ
人の入れ替わりの量。
多すぎても疲れが溜まるし、少なすぎても刺激が足りない。
自分にとって心地のいいバランスで人が社会の中をサイクルしてくれたらいいなと思います。明るい雰囲気の部屋
環境を準備し続ける事 可能性を拡張し続ける事
個人で動けば、ある程度自分のための居場所を拡張し続けることは可能だが、周りにそもそも最初から環境が準備されていない事が、都心の外側では当たり前。
学び続ける場所、そして各自が目的を持って場所を利用し、移動し続ける事が必要。
誰かがその場所を準備し、ゆるやかに維持する事は、人さえ集まればそこまで難しい事ではない。
最も難しい事は、多くの人は環境を自分のために準備する事に、そこまで熱量が無いこと。
移動してまで、知らない事に飛び込もうとしない事。あらゆるスペースは、例え存続の条件を全て揃えていたとしても、いずれは無くなる。
移動可能な側面をそのスペースが持っているかどうかが、最も重要な事。
人間は居心地がいい場所からは出ないし、自己表現が達成されているうちは自ら1人になろうともしない。
閉じられていたとしても、いずれは出ていかなければならない。人間の移動が個人の意思によって為されない限り、本当の意味での可能性の拡張が達成される場にはならない。
展示発表の場
インディペンデントだがコマーシャル機能も携えるような場があるのが理想だが、そのような体力のある場は早々ない。もって10年。アトリエ
できればシェアが良い
10人程度
作品のことを気軽に話せる場があることが自分にとっては大事場所が発表と結びつけば尚良い
逆に民家やマンションの一室を借りるアトリエに自分はさほど意義を感じない。敢えて高望みを答えするなら、安い家賃と広さが欲しいです。
手書きが許されていること/普段は騒音の少ない環境/自由に歌い、踊り、音楽を聴くことが許されている場所
立地的な最低限のアクセスの良さ、毎日の集客に依存しない資金源づくり、音楽イベントからギャラリー運営まで可能な設備投資、文化の再生産能力を生み出すためのアーカイブやエデュケーション能力とマネージメントの存在、近隣住民や大家、管理会社との良好な関係性。
日帰りできる範囲にある場所ならどこでも
気の持ち様
くらし方会議とは別に自分が展開しようと思っている活動はあらゆる場に出向き記録的に絵を描く(漫画などキャッチーなものに落とし込んでいる)活動をもとに描いた場所で屋台や紙芝居的な即興のインスタレーション?パフォーマンス?を展開して絵を描くという行為を通じて場が出来上がることそのものを作品にするという展開に落とし込みたいと思っています。特定の場に依拠せずに移動をしながら方々で場を展開させていきたいと考えています。なので一番求めているものはこういった活動を継続していく上では欠かせない盤石な人的なネットワークだと思っています。
人と人とを繋げてくれる主催者がいる場だとありがたいです。美術関係者だけでなく、研究者や園芸家、トラック運転手など、制作に合わせてそうした異分野の人と繋いでくれるような場を求めています。
活動を続けていく上で、場や集まりを通して他者と共にあることについてどういった考えをおもちですか?
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集まるということは、同じ時間に集まるということです。違う日時に同じ場所に集まっても集まったとは言えません。それは、同時代性を共有するということに繋がり、同時代性は繋がりが強固で発展性があると考えています。
もし分身ができるなら、一人で全てをやりたいと幼い頃から思っていますが、現実的に分身できないので、他者を求めているという感じです。
居心地のいい場所って、なんでそう感じるのかまだ掴めていませんが、そういう場所は積極的にいきたいと思います。私は、場や集まりを、あらかじめ決められた目的やルールのもとで展開する「閉鎖系」ではなく、関わる人や出来事によって意味や関係性そのものが変化していく「開放系」として捉えています。だからこそ、場を続けるとは、最初に想定した形を維持することではなく、そこで生じる変化を受け止めながら、場のあり方を更新していくことだと思います。
その際に重要なのが、期待ギャップを記述することです。期待ギャップは単なる失敗ではなく、「なぜ予想と違ったのか」という問いを生み、アブダクションを通じて新たな見立てを形成する契機になります。そこから、当初は想定していなかった関係や活動が生まれることがあり、私はその過程に場の創発があると考えています。
また、文化人類学的にいえば、既存の領域や関係の境界をまたぐ「異人」の存在も重要だと思います。外から来た人や、異なる領域を行き来する人は、その場では当たり前になっている前提を揺さぶり、新たな問いや接続を持ち込むことがあります。異人は、期待ギャップや創発を生み出す媒介者にもなり得ると思います。
だからこそ記録も、成果や出来事だけではなく、当初の見立て、期待ギャップ、それによる見立てや問いの更新、次の実践への接続まで残すことが重要です。その時間的・意味的な連なりが場のナラティブであり、後から関わる人が過去の試行錯誤を引き継ぎながら、さらに別の展開を生み出すための共有資源になると考えています。
私にとって「他者と共にある」とは、皆が同じ方向を向くことではなく、異なる立場や外部性を受け入れ、期待ギャップを次の問いや実践へつなげながら、関係や場そのものを更新し続けることだと考えます。群れて達成される自己表現は、いずれ場所を存続させる事を自己目的化し始める。
それは個人的には意味がないと思っている。
場所がなくなった時、そこにいた人間が自らまた別の場所を探せる様な状況を、場所がある時点から作らなければいけない。
人が集まる場というのはどこまでいってもケアの側面が強い。
ケアが最大の目的になると、いずれ外側が消失する。制作は一人だが美術は全員で作っていくものという考え。できるだけ他者の意見が権力関係と無縁でフラットに聞ける場であることが理想。
そういった意味で今の東京は権力関係や癒着の瘴気がありやることをやって早めに離れたいと思っている。
美術以外の場に属する人と話すことも重要。建築や化学など。自身が立っている場所とそこで出会った他者への想像力と謙虚さ、そこから自分自身へどのようなフィードバックが行われるかというプロセスへの考えを持っております。
文理融合、分野横断の場において必要なのは、
・違いを面白がる力
・開かれたわかりやすい言葉による対話と、それ(開かれやわかりやすい言葉)がかっこいいという風潮づくり
・一旦プライドを捨て、孤独(わかりあえなさ)を受け入れる力
の3点であるというのが、最近の私の考えです。約10年間の活動を通して、音楽やアートの世界にありがちな閉じた関係性やコミュニティの中で起こるあらゆるトラブル(金銭問題、ハラスメント、暴力)を様々な場所で体験しました。
それでも私は他者とのつながりの中で活動することに関心があり、野流においては、メンバーが流動的であること、組織が開放的であること、責任主体が明確であること、人間関係の接続と切断の両面を捉えることをテーマに活動している。かつてのような共同体を維持することがますます困難になる世界のなかで、新しい共同生活や制作のあり方が希求されているように思う。野流の活動や神戸バイソンの実践は、それに対して一定の知見を与えると考えている。その場所が居心地よい最終地点なのか、は考えたほうがいい。抵抗しようがない、生きるために妥協してそこを選んだなら誇っていいが、それ以外ならまだ考えを辞めるべきではない。
たとえ"自分が開拓した場"でも、手放したくなければ、反骨心とともに常に順応せねばならない。制作の手をやめても考えを辞めるよりマシだから。日本国憲法を大切にしたい。
制作を生業にして楽しく生きていく方法が場作り実践を通じて探れるのではないかと野望を持っています。たくさんの人がワークショップや体験型の場を展示とともに実践している状況は何か豊かな生き方をそこから探っていけるヒントがあるのではないかとそういう示唆を見逃してはいけないなと思っています。
自分の現在地を相対化するために他者の存在は不可欠ですが、同時に一人で制作に没頭する時間も必要です。だからこそ、交流の場は馴れ合いで停滞せず、個々が自立して「より良くあろう」と刺激し合える空間であってほしいと考えています。ただ怖いのは嫌です。
東日本大震災(2011)とコロナ禍(2019–2023)以降、活動で関わる人や関わり方で変わったことはありますか?
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face to faceの必要性がもう一度問われた、ズームよりやはり人と会う方がいい、などと言われていますが、私はそこまで以前以後で考えなくても良いことなのかと思っています。会いたい人に会いに行くというシンプルな行動を心がけたいです。
上に書いた社会の中で人がサイクルする、というのに関連するのですが、コロナ前は色んな関わりを求めたように感じますが、コロナ以降はやはりバランスが大事だなと感じています。
バランスというのは、一人で居ること、慣れた人といること、まだ慣れない人といることの丁度いい具合ということです。あります。ただ、これらの影響というよりかは、思春期が理由だと思います。
我々は世代的なトラウマを経験するたび、再び希望を作り出さなければならない。
だから場所がある。
実際のフィジカルの場でも、紙面上でも、ネット上でもなんでもいいが、希望を立ち上げなければ何も生まれない。
批評性がどうとかはその後の話である。
まずは希望を立ち上げること、そして可能性を拡張し続ける事。
そして移動し続ける事。震災時は関西居住だったため大きな変化なし。
コロナ禍で会えなくなった大切な人がいた。今も会えていない。関わり方はたいして変わっていない。元に戻ったという感じ。東日本大震災では、結局は保守回帰的なムーブメントに多くの人が賛同したことを目の当たりにしました(自民党一強政治の当然化、そしてネットフィールドにおける左翼的または外国人的(特に東アジア圏)なるものへの蔑視・冷笑の普遍定着)。
そして、コロナ禍ではパンデミックと言われつつも、冷静な防疫観が乏しいまま消費され(終末感とアマビエを使ったミーム遊戯)、経済をどうまわしていくかのみ戻ってしまった。
本当に人に閉塞感を与え閉じこもらせるものが、地震でもウイルスでもなく、大勢の側の人間が起こす挙動に、その個人が馴染めなかった時であるのではないかと考えるようになった。コロナ禍しか経験していないので、そのことを。
・口に手を当てて笑うようになったかもしれない
・ボディタッチや至近距離での会話が減ったかもしれない東日本大震災発生時にはまだ高校生で活動をしていなかったので影響は感じなかった。しかしコロナ禍の影響は顕著で、それまで海外ツアーとリリースを活動の基軸とするロックバンドで活動していたので、ツアーバンドの文化を維持するための国内外の音楽業界のインフラが急速に崩壊していくのを目の当たりにすることになった。
当然キャリアの変更は避けられず、地元で庭師として働いたあと、メンバーを固定せず、共同制作と継続的な人間関係を切り離し、あらゆる文化と人間を接続、切断しながら影響関係を相互に構築する野流という文化モデルを発案、試行錯誤しながら現在にいたるまで活動を続けている。コロナ禍が空けてようやく関わる時期が来たと思いきや、今や自閉的に舞い戻った。コロナとは違った暗さが…個人的に90年代末の終末感漂う雰囲気を感じる…が、加速させたのかもしれない(元から自閉症ってのはあるが…)。
特にないかもしれない。
コロナ明けは、抑制されていた分はっちゃけて、よりオープンに人と関わるようになりました。
当時は離島にいたため、あまり変化は感じませんでした。ただ2025年頃から、主な連絡手段がLINEからDiscordに変わり、参加したサーバーのコミュニティから交友関係が広がるようになりました。
ご自身の活動をどのようにアーカイブしていますか? (例:日記、個人サイト、動画など)
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Instagramを活用しています。webにアーカイブするためのサイト作りも今作業中です。
日記、sns、個人サイト+ポートフォリオ
日記
個人サイト、Instagram
以前パフォーマンスをした際の活動をアーカイブにするのにどのような媒体が合うのかがいまだにわからない。SNS(FacebookとInstagram)にて宣伝も兼ねて投稿しています
・中2〜高3の分は日記・Instagram・写真、動画が山ほどありますが、記録し、見返すことで記憶がどんどんと恣意的な形に編集されてゆくことに嫌悪感を抱いたため、大1以降はなるべく量を減らしています。とくに、日記、Instagramは極端に少なくなりました。
また、その過程で別の記録の手段を模索する中で
・レシート
・検索履歴
・自動筆記による、編集された形からは最も遠いと思われる記録
などに辿り着きましたが、いずれも習慣化はしていません。
今は新しく
・図書館の貸し出し記録
を一面的な記録手段のひとつに見立て、蓄積しようと考えています。Google driveに音源や写真、映像をアーカイブするほか、日記や小説として記録したり、データをCDRやUSBに移してメンバーに配るなど、データとハードの両面でアーカイブするように心がけている。
Instagram
Note
受け取った各個人の家と記憶日記を漫画にしたり、滞在した場所やイベントをイラストにまとめたりしたものを溜めています。Instagram や大学のアーカイブサイト崇仁ジャーナルにちょこちょこ出していたり、ZINEにして配布販売したりしてしますが、自分はネット使いこなせない人間でインターネットサーフィンもほとんどしないので関わる人のネットワークは実際に自分の足を動かして出会ってできるネットワークが基本になって、直接出会った身体的につながっている間柄の人たち(実際にアナログの本を使っているのもそういった理由からかもしれない)の関係性が軸になっていると思います。ヴァーチャル空間の途方もない関係性を闇雲に拡大するよりも狭いローカルの中でも井の中の蛙でも幸せではないかと思っています。
インスタのストーリーズ機能を使った「親しい友達」限定(他者との距離感がちょうど良い)の日記を6年間続けています。それらを画像データとして保存し、Googleドライブにまとめて保管する形で記録を残しています。